4/01/2011

ポルトフィーノ

ポルトフィーノのかんたんなガイド

ポルトフィーノの場所
イタリア北部リグーリア州にあります(地図は下)

ポルトフィーノの歴史

ポルトフィーノは小さな小さな村でした。
近隣の町から隔絶された場所にあり、歴史的にみても脚光を浴びるような土地ではなかったのです。

一説には、最初に定住してそこをPortus Delphini ポルトゥス・デルフィーニ、つまり「イルカの港」と名付けたのはローマ人だと言われています。

その名の元となったイルカは、現在も近隣のティグリアン (Tigullian) 湾に多く生息しています。現在もイルカはポルトフィーノのシンボルとなっていて、旗にイルカが描かれているほど。

歴史がくだり、ポルトフィーノ湾は岬の突端にあり、深度の深い海から至近距離にあるという立地条件から、ジェノバの商人たちの基地となり、また大型船が帆をおろして束の間の休息をとるための地ともなりました。このポルトフィーノの海が、漁業に生活の糧を得ていた人々に恵みを与えていたのはいうまでもありません。

ドイツや英国からの旅行者が1920年代にこの地を開拓するまで、ポルトフィーノは静かで美しい小さな村でありつづけました。

しかし観光業の隆盛に触発された地元民が、この自然の美と無類の魅惑を備えた小さな村を、漁船と引き換えに、世界中の富豪や有名人を引きつける場所へと変えました。それが1950年代のこと。

以来、ポルトフィーノは、故モナコ公国王妃グレース・ケリーや英国の大俳優リチャード・バートン、先日逝去したエリザベス・テイラーをはじめ、数多くのセレブリティたちが上流階級の暮らしを美しい自然を背景に送るという、非日常を楽しむための秘密の場所として生まれ変わったのです。




公共交通機関
ジェノバ市サンタマルゲリータ・リグーレ (Santa Margherita Ligure)から、フェリーまたはバス(NO.82)。


自家用車
駐車スペースが限られている。ポルトフィーノに滞在するなら、ホテルに駐車場があるから問題ない。
 しかし、ポルトフィーノまでの道路幅が非常に狭い(部分的に大型車両との交互通行となる)ため、傷つけるのが嫌なら避けた方が無難かも・・。

ポルトフィーノ 地図

Visualizzazione ingrandita della mappa

ポルトフィーノのおすすめホテル

Hotel Splendido by Orient-Express

Hotel Splendido Mare

Domina Home Piccolo

Eight Hotel Portofino

Hotel Eden

☆フェリーやバスが発着するサンタマルゲリータ・リグーレ (Santa Margherita Ligure)は、わりと大きな、これも海辺の町。ポルトフィーノへの交通の便もよいし(30分弱)上記より割安のホテルも多数あるので一度参照してみてください。



ポルトフィーノのレストラン
各ホテルのレストランやカフェは、席からの見晴らしもよく味も一流。
港に降りれば、湾の形にそってレストランやカフェがたくさん選びたい放題。
ハイソサイエティが利用する観光地なので、ハズレのレストランはない、という噂。
(検証できていなくてすみません)

【おすすめ!】
ピクニックをしたい、と頼めば、レストランのカメリエーレ(ウエイター)がチーズやハムの盛り合わせ、クラッカーやパン、そして冷たいワインを海辺まで運んでくれるので足を海で冷やしながらのピクニックも可。
至福のひととき〜♫

私はGelateria Il molo のジェラートが美味しいと思いました。


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3/30/2011

春の潮風

潮風!  船舶誘導用ランタンと国旗と・・・海。

泳ぐとよくわかるんだけど、地中海は塩からい。
それは、スキューバダイビングをすると目で見える。
なぜって、普段より重りを多く着けないと沈まないから。

これは、地中海は水分の蒸発量が多いせいなのだそうだ。
大きな湾のようになった地中海は水の出入りが少なく、天気もよいせいで水が蒸発し、塩分が残るからだという。

そんな地中海。
太陽が燦々とふりそそぎ、海辺にせり出すような緑の丘が映って、海は濃い緑色に染まる。
沖にでると海はどこまでも青い。
浜辺に立つと、波頭を通過した日差しに、魚の陰がチラリ、チラリと踊る。
海辺の町には太陽と、波の音にやすらぎを求める人々が、夏冬を問わず訪れる。

地中海に面したイタリアには、そんな場所がいくつもある。

美しい海岸線といえばナポリが有名だが、じつはナポリのアマルフィだけが美しいわけではないのですよ。

例えば、ここ、ジェノバの近くにあるポルトフィーノという村だってそう。

湾にそって立つ街並。夏になるとヨットも係留される。
小さな漁村が一転して大富豪の隠れ家的な避暑地となったポルトフィーノは、セレブリティたちの他にも、その美しさを一目見ようと、多くの観光客が訪れる。

そんなウワサを聞きつけ、長い間楽しみにしていたポルトフィーノ。

・・・着いたとたんに、腹痛。(ははは)

嘔吐やなんかの外に見える症状がまったくないまま、腹痛だけが激しくなった。

アレックス「痛そうだね」
あたし「痛い。でも耐える。」
アレックス「・・・帰る?」
あたし「帰らない。帰っても痛いなら、綺麗なところで苦しむ。」

そうして痛みにに耐えながら撮った写真がこれ。
素晴らしいお天気でした。

エメラルドグリーンの透き通った海。湾と思えない。

手前は小さな砂浜。左奥が湾の入り口

浜辺のカフェで、予想外に暖かい春の太陽を楽しむ。

町の教会とそこへ通じる小径


ポルトフィーノより。(腹痛中)

アレックス「病院行く?」
あたし「こんな山奥の海辺に病院なんてないもん」
アレックス「ちょっと戻ればあるよ」
あたし「ここで耐える」

どうしても、イタリアの病院には行きたくないあたしなのでした。(イタリアの医者不審。)
でも、後悔していない!!!
そのくらい綺麗でした。

ちょっとだけアートのお写真も。それは次回。

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3/28/2011

星になった金魚

きんぎょ騒動   
 前回のお話は >>「別居してます」   1〜7話 すべてのリストはこちら


2009年の春は、雨が多かった。

来る日も来る日も雨が降り、金魚親子が泳ぐ青い睡蓮鉢と、新しい木桶の水槽が庭でびちゃびちゃと音を立てていた。


金曜の午後だった。

ふと気づくと、近所の飼い猫が、裏庭の窓の近くにいた。いつもは庭を通過していくだけの猫だ。
気になって窓の側まで歩いて行くと、そのネコは走って逃げて行った。
あたしは真っ先に、金魚を心配した。
 
外敵から金魚を守るために、水槽に網をかけようと思いつつ、網が見苦しいと手をつけずにいた負い目があったからだ。

 
サンダルをつっかけて濡れたコンクリートの上に出て、水槽を覗き込んだ。
悪い予感は当たっていた。
真っ赤なおとうさん金魚が、大きな引っかき傷を作って、暗い水槽の底に沈んでいた。

ああああ! 声にならない悲鳴がもれた。

金魚の赤いからだの左側に、2本の長い爪痕があった。爪痕はウロコをえぐって、白い肉が見えていた。すくいあげて治療しようにも、バラバラになるのではと恐れるほど深い傷だった。

それでも、おとうさん金魚はまだ生きていた。
正気にかえった私は、同じ水槽にいるはずの子金魚を探した。

おとうさん金魚とオレンジになった子供たち
ぜんぶネコにやられてしまったかと諦めるほど長い時間探しつづけて、やっと子金魚を4匹全部見つけた。底の石と水草の陰に動かずにいる。

となりの水槽では、おかあさん金魚と小金魚が6匹、何も知らずに泳いでいた。

おとうさん金魚は、口を不器用に開けたり閉めたり、エラをバタバタひらいて息をしていた。底にしいてある砂利の上に力なく横たわっているだけだった。


この長雨で、水槽の水位が上がっていたのに気がつかなかった、私のせいだった。
怖いもの知らずの金魚が、雨水の入った水槽の中でネコの手の届くところを泳いでいたのだろう。
ネコの爪の一閃は、手頃な大きさの赤い獲物をしとめたのだ。 
ネコを恨む気にはなれなかった。私が網をかけていればよかったのだから。

助からないとわかっているので、いっそのこと、楽にしてやろうかと思ったりした。でも、手を出せなかった。方法も思いつかなかった。

金魚のおとうさんはまだかすかに呼吸を続けていた。
つぶらな黒い目は、青い睡蓮鉢の水の中、さっきまで泳ぎ回っていた緑の水草の下から、揺れる水面を通して空を静かに見上げていた。

私のことも見えていたかもしれない。
おとうさんおかあさん金魚
止んでいた雨がまた降り出した。 私は傘もささずに立っていた。

うつむいて水槽を覗いている私の髪に、雨はさわさわと落ちていた。頬をつたって、冷たい雨とあたたかい涙が落ちて行った。

金魚は痛みを感じないという。私は心からそれを願った。

 
でもそれなら、生と死にはどんな違いがあるのだろう。死ぬ時に意識がただフェードアウトしていくだけなのだろうか。


大きな金魚業者の水槽に「エサ金のコメット」として生まれた「おとうさん」。
たまたま我が家にやってきて、大型魚のエサになる運命をのがれた。
おかあさん金魚と出会って卵をたくさん孵した。

 
この1年間に、黒かった部分がなぜか赤くなり、白い部分が増えたりして、私を混乱させた。水面に出てきて、私の手からエサをとったりした。

休暇中あずけられた友人宅で、7歳の娘によって「エリック」と命名された。
 

ボウフラを食べ、ミジンコに喜んでジャンプした。
大きくなった我が子と一緒の水槽で泳ぎ、先日はまた、おかあさん金魚に愛をささやいていた。
なのに今日、こうして突然命を終えようとしている。


おとうさん金魚のいない睡蓮鉢

魚は、命のはじまりと終わりを、痛みを感じずにいることができるのだろうか?
今はそれは喜ばしいことだった。代わりに私が、痛みに身をよじって泣いた。

おとうさん金魚は、もう動かなくなっていた。弱いものを攻撃するはずの子金魚たちは、静かに遠くから見守っているだけだった。

金魚が死ぬことを、星になる、というらしい。
おとうさん金魚は星になった。

雨が上がっていて、軒先のハンギングバスケットからポタリ、ポタリ、としずくが落ちていた。
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3/25/2011

モヨオス

人間、これに耐えられる者はない。
それは・・・尿意。

催すときには、なにがなんでもモヨオスので、誰もが必死になる。

それでも日本なら、「コンビニコンビニ!」と走るか、「駅!駅のトイレ!」
「公園!」「ファーストフード店!」「デパートの2階!」

とまあ、選択肢が多くてありがたい。

で。
まだ冷静な顔と威厳を保ってトイレのドアの前についてみれば・・・・

コンビニのトイレは「従業員専用。使用はお断りしております」なぬ!?
駅のトイレ・・・には長蛇の列。うっ。

公園のトイレは「故障中。ご迷惑をおかけして・・・」どうせ臭いからいいもんね、と言い聞かす。

ファーストフード店では「ただ今清掃中です(ぺこり、という絵の黄色のプラスチック板)」

そしてデパートの二階は広い。「ないないないない!どこだどこだどこだ!」
切羽詰まる。どうしようもないので、我慢するしかない。

アレックスならそこで「シュワシュワシュワ〜」と水の音を口まねして、あなたに殺意を抱かせるだろう。

イタリアでは、家を一歩出るとトイレが見当たらないという現象は普通。

よほどその町を熟知してトイレマップでも持っていれば別だが、旅行者には辛い国の一つだ。(隣国スイスはトイレ天国!羨ましい)

駅や公園には公衆トイレがあるが(ところも、ある。20セントが必要です。最近は1ユーロとかいうから言語道断!)道端に偶然見つかる可能性は、まずない。
あっても、それとわからないデザインにしてある・・・!(美観のため)
レストランやバールならトイレがあるだろうが、見知らぬ町だとそれを探すのもままならない。

それなら、イタリア人はどうしているかというと、家を出るときにトイレに行き、それっきり行かないのだ!
数時間の外出なら、なおのこと。
朝からお昼まで持ちこたえ、ランチを食べたところでトイレへ行く。あとは家まで持たせるというから、あたしには考えられない。
連中の膀胱は、お徳用サイズになっているに違いない。

と、思い込んでいたのだが、在伊が長くなるにつれ、そうとも言えないのだとわかってきた。

その辺でするのである。
いわゆる「立ち◯ョン」。


木の陰で。高速のわきでドアを開けて。薮の中に入り込んで。
一目につかないところ(しかし私には見えている)に隠れて。

公園をジョギンングをしていると、じつに毎回のように、膀胱のメーターが振り切れた人々の安堵の背中を目にするんですよ。

男性って、いいですよね、その点。女性はそういうわけには・・・

と思っていた矢先、
ストリートガールがついに耐えきれなくなったようで、川辺の土手をピンヒールのつま先立ちで駆け下りて行った。
あたしと途中で目があったのだが、「あ、女性♥」と安心したようで、
その場でスカートをまくりあげた。
その先は、女性同士の友情、誰にもお見せいたしません。


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