第1章が気になる方はこちら・・・「春の午後」
ナポリの近郊には、縫製工場がひしめく地域がいくつもある。
洋服に限らず、靴、リネン用品、ソファー、財布やアクセサリーなど、縫製ならなんでもこなす小規模な工場が軒を連ねた地域だ。かつてこの地域では、イタリア最高の製品を生産していた、つまりは世界で最高の仕事をしていたという。
Photo : indierealm.com |
そんな栄光の日々を謳歌したこの地域だが、そこには見渡す限りの布の海と、商品と縫製用ミシン、職工たち、そして雨風避けにすぎない薄汚れた建物群があるだけだ。
そこには、職人たちのトレーニングも家族への生活保証も病欠も、経営マニュアルも業務企画も、現金以外の取引もない。経営の素人でも長年のプロでも、明日の保証のないところ、ここはそんな場所だ。
発注された商品を「最短に最安値」で、もちろんそれにふさわしい縫製に作りあげた経営者が勝ちだ。一発あてれば明日がある、そうでなければ数ヶ月後には撤退を余儀なくされる。
昼夜兼行で稼働する工場と、12時間労働。
縫製職人にとっては酷い待遇だが、日々の糧を得るために僅かな賃金500ユーロ〜800ユーロ(6万円〜10万円)を求める者は絶えることがない。ここはそういうところなのだ。
Photo dal sito di "Comune di Napoli" |
マフィアがからんでくるのは、「現金取引」の部分。
工場経営者は通常、商品と引き換えに代金を受け取る契約になっているため、製品製作中に発生する人件費、設備費、税金等を自分のポケットから出すことになる。
まとまった現金の作れない者は銀行か、マフィアの運営する闇金融に頼る。
なんとマフィア金融の利息レートが一番低い。ゆえに事実上マフィアの独占状態なのだ。
そこにパスクワレ、という名の男性がいる。何万人もの縫製職人の中でも抜きん出た、神業のような縫製の才能をもった人物だ。
布の裁断の向き。縫製した耳の部分の質感と糸の強さ。
この質の布を何度洗えば色が落ちるか。あるいは変質するか。
できあがった洋服の中に人間の肉体が入って筋肉がどう動くか、手のひらを内部に滑らせていると想像ができるという。
縫製の全てを知り尽くしたパスクワレの元には、個人的に注文が殺到する。文字通り世界中から名指しで。
Photo Cinemavistodame.com "Gomorra" |
彼はコレクション用オートクチュール(一点もの)を縫う。
著名ファッションデザイナーのゴーストとして働く。
そして期待に違わぬ仕事をする。
だが、彼は工場主から依頼を受けるだけ、縫ったドレスやスーツがどのデザイナーにどう使われているのか、知る由もないのだ。
ある日、彼はたまたまテレビの画面を見るともなしに見ていた。
そこに映ったのは、アンジェリーナ・ジョリー。
image: mailonline (本文とは無関係ですw) |
アンジェリーナは、彼が数週間前に作った白いスーツ
ーー布を選び、裁断し、縫製し、アイロンをかけたもの、彼は未だに全パーツの寸法をいうことすらできたーー
を着て、ハリウッドのレッド・カーペットの上に立っていた。
イタリア某デザイナーのデザインで、えも言われぬ美しいシルエットをもったスーツだ、彼女の魅力を引き立てている、と解説が入った。
パスクワレは、月800ユーロ(10万円)の賃金の範囲でそのスーツを縫った。
彼は静かに画面を見つめ続けていた。
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うわ、この話面白い。
返信削除実は、私も一流ブランドの洋服について、このような噂を耳にした事があります。
そんなに腕のいい人が、そのような賃金で仕事をなさるんですね。すごいな〜、惜しいなぁ。
それにしても、イタリアの洋服の裁断と縫製って神ですね。
裏方というのは、黙して語らず。
返信削除結果だけが全てを語ることができるシビアな環境の中で、決して日の目を見ることのない職人さんが、世界中にたくさん居ることを私も知っています。
でもそれを出来るのは、自分自身が作ったものが、自分から離れてもその分身として恥ずることのない活躍を信じれるから。
どこに出してもらってもかまわない。だが自分の名前は出す必要は全くない。
と、同じように私の仕事の師匠も言っておりました。
世界の流行も何もかも、実際はそういった裏側の人間の誇りによって出来てるのだと私も信じてます。
自分が納得するレベルの仕事をただするだけ。それが世間に自分の仕事としてとらえられ、自身に名声と富をもたらすかどうかは関係ない。そういう職人さんってカッコイイと思います。もちろんそういった品を世に送り出す、プロデュース能力に優れた人物もまた凄いのですけど。
返信削除わかりました、わかりましたよ
返信削除そのマフィアは女性が元締めなんですよね?
それで、このブログを書いているんですよね?
あ、やめて…私を消さないで…
おもしろい! 思わず心をつかまれましたよ~。
返信削除そう、裏方に支えられて世の中はある。それを誰もが知りながら黙っている。考えてみれば、特にファッションの世界で、デザイナーだけが脚光を浴びるって、おかしいですよね……。
Rumikoさん
返信削除なんだか不公平ですよね
彼がいなければ一着何万ドルのスーツやドレスはないのに、彼の仕事には10ドルほどの値がつくだけ・・・。
この「Gomorrah(原題はGomorra)」映画にもなった(カンヌ映画祭でグランプリ受賞)ので、オーストラリアなら手に入るかもしれませんw
結構怖い内容ですが、ご興味があったらどうぞw
nawoさん
返信削除>分身として
かっこいいですね〜
あたしは、そういう優れた裏方さんに光が当たらないことにちょっと悔しさを感じてしまいます。
もちろん見る人が見れば「神業の仕事。誰がやったんだろう?」と思うのでしょうが・・・
しみじみと「プロジェクトX」のテーマソングの中島みゆきを歌ってしまいます♪
コウスケさん
返信削除職人魂というやつですね。ホレボレします・・・♥
このお話、じつはもうちょっと続きがあったんですが、テレビのアンジェリーナを見ているところで切っちゃいました。
先はご想像にお任せ。
映画では、アンジーではなく、スカーレット・ヨハンソンの設定になっていて、チラリと出てきますw
FREUDEさん
返信削除元締めのピッコラです(笑)
あたしがマフィアだったらば、ドラッグよりもこういうビジネスをやりますね。搾取に近いとはいえ、田舎町に産業をもたらすという点では、イタリア社会には必要な存在なのかも、と思います。
ええ、どこかの国のように、政府がしっかりしていないもので、マフィアが国を切り盛りしているんですよ。ちなみに、マフィアの正式メンバーを引退すると、年金も出ます。
fullpotさん
返信削除あの値段ですから、有名デザイナーが自分の手で縫っているのだろうと、おめでたい私はずっと思っていました。
バレンティノでしたか、ヴェルサーチでしたか、ハリウッドで一着オーダーメードを作るために、採寸と仮縫いを10回近くやると聞いたことがあります。その時も、じつは裏方さんが縫っていたのでしょうか。。。きっとそうなんでしょうね。