9/03/2010

チカンにあった

今年の7月末、帰省していたあたしは、
USBスティックメモリー8GBが欲しいというアレックスにつきあって
名古屋駅前の電器量販店にいた。

1階(2階だったかも)の上りエスカレーター脇の壁にある売り場で
メタルフックにぶら下がったUSBメモリーの写真のついた札と、
赤字の値引率をアレックスと二人ならんで、見ていた。


店内には、電器店の耳に残るテーマソングがエンドレスで流れ、
フロアは、カップルや家族連れ、会社帰りに待ち合わせまでの時間をつぶしている客で混み合っていた。

とはいえ、無防備に立っているあたしにぶつからなければ歩けないほどではない。

写真素材 PIXTA
その日あたしは、やや気の張る相手と夕食をする予定があったため、
いわゆる一張羅のワンピースとカーディガンを着て、
これまた年に1度くらいしか出番のない12cmヒールのサンダルを履いていた。


いつもジーンズのあたしにしては上品な部類に入る格好だった。


(イメージ。本人ではありませんw)

と、
何かが、あたしの左のおしりのほっぺた上部にぶつかった。

それは、細くて尖っているもののようで、
デパートの紙袋の角か、買い物袋から飛び出たゴボウがぶつかったようにも思えた。

それは、水平移動していくような感じで、あたしのおしりの丘を二つ超えていった。

一瞬遅れて、触られた部分にはっきりと体温を感じた。
「指だ。」
瞳孔が収縮して鳥肌と髪が音を立てて逆立った。

「チカンだ」と脳のシナプスが繋がって確信にいたるまで、数秒かかった。
理性が働いて、とっさに声が出なかった。

後ろには、あたしを触っていった物体はすでにない。

この数秒間の移動距離を推測し、その地点を見ると、
男性が3人、エスカレーターに乗って上って行くところだった。
横顔だけでは、誰が犯人ともわからなかった。


ところがそこで、その犯人、教科書通りの犯罪者心理にあらがえなかった。 つまり
「現場と獲物と成果を見たくなった」。

エスカレーターが上階の壁に消える寸前に、あたしを見た男がいた。 真ん中の男。
そいつは、エスカレーターわきの天井からぶら下がった三角形の透明プラスチック板越しに「あたしを」見た。


男は、あたしと真正面で目が合った。なにげなく正面を向き直ったが、手が緊張したのは止められなかった。

あいつが犯人だ。間違いない。

髪が汚れている以外は、シワのよれたグレーのスーツを着た、一見普通の男だった。
次会っても、わからないくらい普通の顔。

しかし、その目。
真っ赤に充血した、不吉な目をしていた。
人を傷つけたい、という欲望がにじんでいた。

隣に立っていたアレックスに、「チカンだ」と言った。
「え?」と聞き返すので、抑制がきかなくなった。

「チカンにさわられた!」

大声がでた。電車の中で、チカンだ!と叫ぶ女性と自分が重なった。
周りの人がいっせいに私を見た。そして、見ていないふりをしながら何度も振り返った。
値踏みをされているような視線を投げかけられた。

アレックスはその男を追いかけようとしたが、あたしが止めた。
さっきの男の顔の目が「おまえには捕まえられない」と常習犯の余裕を見せていた。

チカンにあった女性共通の心理で
「こんなワンピースを着た自分が悪かったのかもしれない。」という事実に反した自責の念がこみあげてきた。

数分してのち、落ち着きを取り戻したあたしは
「これは、ネタになる。」とにやりと笑った。
「実際体験してみないとわからないことを体験した」とも。
あたしは、そのへんが図太くて、しぶとい。

それでも店を出て、
涙でちょっとうるんだマリオットホテルのツインタワーを見上げると、
さっきの指のぞわっとした感触と、あの充血した目のイメージ、
店内で流れていた音楽がリピートで脳内再生を始めた。

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