下地クリームをぬっている細くて冷たい指先が、あたしのまぶたに触れる。
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化粧品の蓋を開け閉めする音を聞きわけながら、あたしは大理石の化粧台の冷たさと彼女の指と、どちらが冷たいか考えている。
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「冷たい手だね」あたしが不平をいうと
「そんなこというと・・・!」
あたしのうなじに両手を押しつける彼女。
「きゃあ!」
つい目を開けると、彼女の瞳が思いのほか近くにあった。
「だめ、目をあけないで」くすくす笑う、ロシア語なまりの甘い英語。
チューインガムのイチゴのにおいのする息。
「きれいね」彼女はいう。
閉じたまぶたの裏側で、彼女は私の額にかかった髪を何度もすいている。
「黒髪って素敵だわ」
彼女のあたたかい息が耳の下にかかった、と思ったが、彼女は何も言わなかった。
「よし、できた。」仕上げに二人でブルガリの香水の霧の下をくぐった。
バスの時間だったので、あたしは玄関のドアを出た。
「じゃあね」
頬にあいさつのキスをしようとしたあたしより一瞬早く、彼女があたしにすっと身をよせた。
アナスタシアは、ちょっと背をかがめて、あたしを軽く抱きしめた。
あたしのくちびるの右端にくちづけて、「今日はありがとう、とても楽しかったわ」 と彼女はささやいた。
さっきあたしが彼女につけたリップグロスが、あたしのくちびるに残っていた。
思わず息をとめて一歩さがると、彼女の瞳は、曇り空を映してブルーの色を濃くしていた。
「また来週。学校でね」彼女はドアを急いで閉めた。
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彼女がうっかり間違って口に触れたのかと思うくらいの、甘くない、軽いキスだった。
そのくせ、キスするのが当然、といいたげな、何の迷いもない行為だった。
帰りのバスの2階席で、あたしはブルガリの香りとぐるぐる回る思考に埋もれた。
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おっしゃっていただけましたら、
返信削除代わって差し上げましたものを…
と、おっさんは思ったのでした^^
FREUDEさん
返信削除ふふふ(^u^)
そうでしょ、そうでしょ。
というわけで、最終回につづきますよw